2016年11月13日日曜日

コオロギとキリギリス

 蟋蟀とはコオロギのことだが、平安時代中期の倭名抄は、蟋蟀の読みを岐利岐利須(キリキリス)とし、蜻蛚に古保呂岐(コホロキ)の読みが付けられている。コオロギにも何種類かあるので、書き分けがあったのかもしれない。漢和辞典ではどちらもコオロギになっている。その鳴き声を聞くという漢詩があって、同じ虫かどうかはわからないが、いずれにしても鳴き声の印象に残る虫であることに変わりはない。中国は広いので、片方は日本にはいない虫かもしれないし、地方による呼び方の違いが残っていた可能性もある。
 促織が和名、波太於利米(ハタオリメ)で「鳴き声が急ぐ織機の如し」とあるから、こちらがチョンギースと鳴くキリギリスである。
 芭蕉は、「むざんやな 甲の下の きりぎりす 」と詠んでいるが、甲の下に隠れるのは地を這うコオロギである。こげ茶色の体色が土にまぎれる保護色になっている。キリギリスの緑は草の上で生活することを示している。
 江戸期まで、確かにキリギリスはコオロギであった。いつから、ハタオリメだったキリギリスがキリギリスになったのだろうか。あー、ややこしい!
 明治時代のイソップ翻訳「蟻とキリギリス」か?英語では「The Ant and the Grasshopper」というから、「蟻とバッタ」である。英語では、飛び跳ねる草虫はみんな「Grasshopper」のひとくくりで、まったく関心を持っていない。コオロギは「Cricket」という。
 鳴き声を楽しんだり、感情移入して聞くというのは音楽に近く、やはり、コオロギに対してだろう。チョンギースには壊れたバイオリン弾きといったイメージしかわかない。イソップ物語の夏の間歌って遊んでいたというキリギリスなら、やはりコオロギの方が似合うから、イソップ翻訳でもキリギリスはコオロギのことらしい。
 そうなるとどこで入れ替わったのか。子供の頃、夜店でキリギリスは籠に入れて売っていたが、コオロギは民家の庭にでも住んでいる身近な虫だった。案外、夜店のオッサンのキリギリス間違いが全国に広がったのだったりして。歌や俳句を詠むような文化人は間違えないだろうから。

 イソップ翻訳者は歌う虫ということで、Grasshopperをコオロギのつもりで、キリギリスと翻訳した。原本の挿絵はミドリのバッタであったら、翻訳と挿絵の間に齟齬がおこり、ミドリのハタオリメがキリギリスに化するかもしれない。

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