2017年10月19日木曜日

レポートの一部修正

「諡号の秘密」、「邪馬台国九州説の研究」、補助資料集の「村屋神社」などを一部修正。内容的には変わらない。

 ホームページビルダーはダメだな。ジャストシステムにはがんばって欲しいのだが、編集画面でブラウザ画面と同じ絵を出してくれないと使えない。古いバージョンの方がましだ。バージョンアップのメールがしょちゅう届くけれど、高い金払ってこれでは、新たに買う気になれない。エディターを使うことにした。マイクロソフトのホームページ作成ソフトが無料化されているので、ダウンロードした。使えるかどうかはわからないけれど。

2017年10月15日日曜日

「歴史秘話ヒストリア」聖徳太子の実在

 NHKの「歴史秘話ヒストリア」で聖徳太子のことをやっていた。どうせ、「聖徳太子は実在しない」なんて類いの売らんかな本に基づいた編集をしているんだろうと期待もせずに見たのだが、案外まともで最後まで見られた。
 大王(オオキミ)だったのに、都合が悪くて日本書紀が太子に改変してしまったが、こういう偉大な指導者は実在したのである。「伊予国風土記逸文(釈日本紀巻十四)、道後温泉碑」には、法王大王と書いてある。「法隆寺金堂釈迦仏光背銘文」には法皇である。「上宮聖徳法皇帝説」という文献もある。おそらく聖徳法皇が本来の諡号ではなかったか。
 上記二つの、年代も場所も離れた無関係な資料には、法興六年、法興元世一年という年号が記されている。法興は三十年までで、翌年、法興元世と改元されたようなのである。その法興元世二年に聖徳太子が亡くなってしまった。太子の死後、年号は廃止されてしまったらしい。他のどの資料も伝えていない年号が存在して、これを無関係にねつ造するのは無理である。後世、消されてしまった年号は引っ張り出せない。それだけでも、二つの資料は聖徳太子時代のものだと認められる。番組では「法隆寺金堂釈迦仏光背銘文」を紹介していたが、最初に書いてある年号に関しては説明がつかなかったらしくすっとばした。干支が書いてあり法興元世一年は推古29年(621)である。だから太子が亡くなったのは622年で干支は壬午になる。621年とする日本書紀とは一年のずれがあるが、天寿国繍帳や聖徳太子伝私記の記す法起寺塔露盤銘も622年としており、日本書紀の方が疑わしい。
 専門家が実験した結果、この光背銘文は後から彫ったものではなく、制作時の鋳型に作られていた可能性が高いことがわかり、仏像と同年代、日本最古の金石文であることが確実になったという。
 聖徳太子の棺の断片ではないかという遺物も紹介されていたが、これに関して論評する力はない。絹と漆を何層にも重ねて作られた超高級品であることは理解できた。
 光背銘文には、王の尺寸に合わせて釈迦像を造ると記されており、聖徳太子は175~180cmくらいの長身と推定できるという指摘もあった。銘文は読んでいるのだが、そういうことには頭が及ばなかった。救世観音にもそういうことが伝えられていて、顔的にはこちらの方が実像に近いのではないか。仏像の形式離れした顔をしている。

「法隆寺金堂釈迦仏光背名文」は下記ホームページで紹介している。関連資料として「隋書倭国伝」もリンクしておく。

天皇号の成立と聖徳太子、推古天皇(聖徳太子は大王だった)
http://www.eonet.ne.jp/~temb/14/tennougou.htm

隋書倭国伝
http://www.eonet.ne.jp/~temb/16/zuisyo/zuisyo_wa.htm

2017年10月13日金曜日

「朝鮮紀行」 イザベラ・バード

 イザベラ・バードの「朝鮮紀行」を読む。「トリルを効かせ声を震わせて鳴く鳥のさえずりがまるでなく、カササギのおしゃべりと飛び立っていくツグミの騒がしさが、その魅惑的なコンサートのお粗末ながら代わりである。」、「城内でトラやヒョウが撃てると自慢できる首都はたしかにソウルをおいてはめったにない!」、「ヒョウはたしかに多くいて、ときにはソウル城内でもしとめられている。」、「トラが執拗に住民をさらいつづけたため、最近無人になってしまった村がある。」、「トラに対する恐怖はあまりに広く浸透し、中国のことわざが『朝鮮人は歳の半分トラを狩り、後の半分はトラが朝鮮人を狩る。』と請け合うほどである。」というような記述がみつかった。明治中期においてさえ、猛獣と隣接して住んでいる危険な土地だったらしい。

 魏志倭人伝の「牛、馬、トラ、ヒョウ、羊、カササギ無し。」という記述が際だってくる。帯方郡使もトラやヒョウに神経を尖らせて暮らしていたのである。

「ピンクのトキと斑点のある緑のカエル(トノサマガエルか?)はどこにでもいっぱいいる。」と書いてあるから、朝鮮のトキも日本と同じ道をたどったらしい。

2017年10月12日木曜日

キーボードを変える

 気分転換にキーボードを変えようとしたのだが、一番古いアプティバのキーボードを受け付けてくれなかった。ランプは点くのだがキーに対する反応は全くなし。Windows95用だから規格が変わっているのかもしれない。PS2ポートが付いていれば使えると思っていたのに、そうではなかった。古い規格はどんどん捨てられていくから、OSが対応していないのか。パソコンに付属していたキーボードに戻ってしまった。安っぽいが、案外使いやすいかもしれない。キーが平べったくて気に入らなかったけど、ノートパソコンから入った人は、こちらの方が自然なのだろう。
 ロジクールのPS2キーボードはどうかと思って付けてみたら、使えるではないか。アプティバがダメなのか。先ほど終了したとき、Windowsの更新があったが、それでドライバが入ったのだろうか。そうではないように思うけれど。
 もう一度アプティバキーボードを付けてみる。おー!認識した。これで手持ちのキーボードは全部使えることがわかった。二十年以上前のキーボードだ。まだまだ使えそう。

2017年9月15日金曜日

視覚効果 Milkdrop を AIMPで使う

 パソコンをシャットダウンしたとき、「電源を切らないでください」という表示が出てファイルを書き換えていた。Edgeが修復されたかなと思っていたら、はたしてその通りで、次に起動したときには使えるようになっていた。困らなかったのはクローム、Firefoxに続く三番手のブラウザだったからである。今回のことで、順位を落としオペラに次ぐ四番手になってしまった。

 aimpが4にバージョンアップして、milkdropが使えなくなっていたのだが、何とかならないかと再挑戦して成功した。

1、aimp_vis_winampというファイルをダウンロードして解凍。
2、AIMPのPluginsフォルダにaimp_vis_winampというフォルダを作って入れる。
3、以前、掲示板サイトからダウンロードしたmilkDrop2 for AIMP3 RC2.rarを解凍して、ファイルをすべてaimp_vis_winampフォルダに入れる。
4、AIMPを起動して、環境設定、プラグイン、視覚効果のインストールボタンをクリックし、aimp_vis_winamp記入、開くボタンを押す。これで視覚効果のなかにAIMP Winamp Wrapper0.2が現れるので、前の四角にチェックを入れる。これでAIMP Winamp Wrapper0.2が有効になる。
5、AIMPスキンの視覚効果の画面を右クリックして視覚効果を呼び出し、AIMP Winamp Wrapper0.2を選択して左クリック。画面にはAIMP Winam Wrapperとかの文字が現れる。その画面を左クリックして、現れた項目の中からLorded pluginを選択し左クリック。
6、現れた画面のファイル名にaimp_vis_winamp.dllを記入して開くボタンを押す。
(vis_milk2.dllが現れるのでクリック)
7、これでmilkdropが有効に成り、AIMPスキンの視覚効果部分を右クリックしてstartボタンを押すと、milkropが動き出す。

 非常に不安定で、他のファイルを起動して画面が変わったりするとmilkdropはストップしてしまう。ながら使用、マルチタスクはできないから、音楽を聴きながらぼんやりしていたいときにしか使えない。milkdrop画面の×印を押すとブルー画面が現れて、パソコンの再起動になってしまった。stopボタンで止めなければいけない。

 aimp_vis_winampのバージョンが0.2だったのだが、0.3というやつが見つかり、置き換えたら、マルチタスクができるようになった。これで問題なしかな?0.2でLoadしてから0.3にすること。0.3ではloadできない。

★★★
せっかく読んでいただいたのに申し訳ありませんが、Windowsのアップデートが原因と思われるシャットダウンが頻発するようになり、私の環境、Windows10では使用できなくなりました。winampがバージョンアップしていたため、そちらへ移行しています。
2020/05/22
★★★
Sound Blasterのドライバを最新版にすることで解決。aimpに戻りました。
2020/05/30

2017年9月13日水曜日

Edgeの不具合

 マイクロソフトのEdgeがネット接続できなくなった。「このページを表示できません」なんて出る。前日まで普通に使用できていたから、どうせアップデートかなんかやったのだろう。カスペルスキーでチェックしてもウィルスなどの問題はない。頻繁に起こっているようで、ネットでググるといくらでも出てくる。面倒な解決法を書いてあるが試す気はない。ブラウザはクローム、Firefox、オペラが入っていて、ネットアクセスに痛痒はない。使えないやつは使わないですますだけだ。マイクロソフトは技術力を落としているんだな。ブラウザのシェアトップはクロームで、Edgeは今後もシェアを落とすことが予想されている。勝手に使えなくするんだから無理もない。削除できるなら削除したいんだけどね。

2017年8月15日火曜日

馬見丘陵公園

 大阪の平坦な公園に飽きて、先日、奈良の馬見丘陵公園へ行ってきた。大阪の公園にも築山はあるのだが、人工的な盛り上げ感、退屈をぬぐえない。自然地形の微妙な変化が遊び心をくすぐるのだろう。以前行ったときに、駐車場を有料化すると書いてあったのだが、無料のままだった。屯鶴峯を過ぎたあたりから中和幹線という新しい道路が通じて、アクセスが良くなっている。途中、真美ヶ丘という住宅団地があるので、「まみきゅうりょうこうえん」だと思っていたのに、公園内の橋に「うまみきゅうりょうこうえん」とひらがなで書いてあった。「まみ」は開発業者のイメージアップ地名らしい。公園は南、中央、北、緑道という四つのエリアに分かれている。広大だし、人も少ないのでゆっくりくつろげた。緑道エリアは遊歩道周りの少しの幅しかない。近鉄の池部駅から1kmほど続いて北エリアへ入る。周辺の空き地をみると、これからも拡張するのかなという感じだ。北エリア、中央エリアはいくつかの古墳とため池を抱え込んでいる。南エリアの外にも巣山古墳という巨大古墳がある。この古墳もいずれ公園内に取り込まれるかもしれない。古墳や神社を訪ね回っていた頃、この古墳と讃岐神社を見に来たが、古墳の横の道はうっそうとした木立に囲まれて、薄暗く気味が悪かった。家が一軒あったように覚えている。木々はすっかり切り払われて明るくなり、古墳の様子がよく見える。公園全体が広くなっていたし、工事中の場所もあった。まだ発展途上の公園だ。子供の遊具などは北エリアの一部にしか置いていないが、走り回れる場所はかなりある。南エリアの丘の上で、涼風に吹かれながら、コンビニで買ったお握りを食べ、本を読んだり、寝転んだりしながら半日を過ごした。蟻が邪魔をしてくれたが、これはどこへ行っても同じだ。リフレッシュ感がかなりあって、満足。
 大阪はクマゼミばかりになってしまったが、ここではアブラゼミが主体だ。大阪より少し涼しいということなのかな。

2017年7月22日土曜日

古代史ニュースにデータ追加

 仕事が切れて、子供の夏休みのようになってしまった。以前にも何回かあったが、今年が一番ひどい。三月に機械が故障して、修理部品がないと言われて、一時は廃業を覚悟したから、このままでも構わないのだが。
 時間がたっぷりできたので、たまっていた古代史ニュースを整理してデータに追加した。グーグルの無料ホームページは簡単につくれるが、自分の思い通りにはならない。そのあたりのもどかしさを感じながら。

2017年6月18日日曜日

「漢字の起源」をUP

 今はどうなのか知らないが、白川静氏の研究集大成である「字統」など三部作が平凡社から発売された頃、当時のマスコミはアイドルのごとく大騒ぎして持ち上げていた。しばらくして「字統」を読んでびっくり。それほどありがたがる必要はないんだよと言いたくて、「漢字の起源」をUPした。
 記憶には限りがあり、文字は失わないために記録したり、知識を共有するために作られた。家畜の数を数えたりするのが最初ではなかったか。管理の必要がなければ生まれなかっただろう。社会階級の出現という人間の組織化が文字を必要としたのである。何が必要かは社会によって異なる。必要がなければ言葉も生まれないし、文字にも現れない。白川氏の主張するように呪術や神の祭りの必要から生まれた文字もあるだろう。しかし、文字の成立そのものをそこに帰すのは行き過ぎだ。自然への恐れや神の祭りは文字の成立をはるかにさかのぼるはず。なぜ、その頃から生まれなかったのかということになる。縄文日本に文字は生まれなかった。小さな部族がバラバラに、比較的平等に暮らしているような社会は文字を必要としないだろう。
http://www.eonet.ne.jp/~temb/3/kanji.htm

2017年2月12日日曜日

新パソコン

「もう大丈夫だろう」と安心しかかったところで、何度も不意打ちをくらわされて、パソコンの不調はハード的な問題かと思えてきた。当たっているかどうかはわからない。さじを投げた。前の日曜、日本橋のマウスコンピューターへ行って、パソコンを注文、昨日届いて、今日は一日中、パソコンの環境整理だ。OSはSSDドライブに入っているので、起動は速くなっているし、前のゲートウェイパソコンから五年半経っている。すべての面で上回っているはずと期待は大きい。Windows7proが入っていた。Windows10proにするには、添え付けのディスクを使って書き換えなければならない。なつかしいWin7の画面を見て、このままでもいいかと一日迷ったが、ソフト類はどんどんWin10に移行していくわけだから、今更、古いものにこだわることはあるまいという結論に達した。ソフト類を入れて、やっと使えるようになってきたところだ。古いやつは部品を入れ替えて再生を図る。フル活用というにはほど遠い高機能パソコンを二台持って、何をするんだと自分に突っ込みたくなるが、捨てられないんだな。捨てたのは最初の二台、NECの98とエプソンの98互換機だけだ。